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みちのく一人旅・・・・平泉〜H.15.06.21

奥州藤原氏が築いた極楽浄土の地    義経の哀史とみちのくの山河・・・・・平泉               

平泉、かつてここはみちのくの政治と文化の中心地であった。北上川をはさんで束稲山を仰ぐ。12世紀、藤原清衛は中尊寺を造営、二代基衡は毛越寺を、三代秀衡は無量光院と
父子三代、100年にわたって仏教による平和な理想郷を建設した。


写真は東北本線「平泉駅



6/21(土)、福岡空港から岩手県花巻空港へ移動。午後1時半に無事空港に到着。
花巻は想ったより暑い。花巻空港からJR花巻駅までは連絡バスが運行されている。15分¥400である。

花巻駅からJR東北本線で平泉駅へ移動する。今回の「みちのくひとり旅」の最初の訪問地は「
中尊寺」である。
平泉駅からタクシーで5分で到着。


中尊寺は天台宗の東北大本山である。






中尊寺入り口から鬱蒼とした杉木立を歩く、歩くと言うより長い勾配のある坂である。
足の不自由な人、ご年配の人達にとっては、ちょっとしんどい距離と傾斜である様に思う。

中尊寺は天台宗の東北大本山で奥州藤原氏の初代清衡公が、前九年・後三年の役という東北地方で長く続いた
戦乱で亡くなった人の霊を慰め、仏国土を建設したいという趣旨のもと造営。

14世紀に野火のため多くの堂塔は焼失したが、今なお、金色堂はじめ3000余点の国宝・重要文化財を伝え東日本
随一の平安美術の宝庫である。









写真は讃衡蔵である。


中尊寺に伝わる文化財・宝物(ほうもつ)を永く後世に伝える宝物館。
館名の讃衡蔵とは「奥州藤原氏三代(清衡・基衡・秀衡の衡)の偉業をたたえ(讃)る宝蔵」という意味で、現存する、3000点以上の国宝・重要文化財のほとんどがここに収蔵されており、仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など、貴重な文化財を拝観することができる。



向かって左の方に売店があり、冷たいジュースを買って、この
讃衡蔵の前に座ってしばし休憩する。
ベンチに腰掛けて瞑想してるといると、遠い昔の栄華の音が聞こえてくる感じだ。






写真左は「金色堂」である。





すべてに金ぱくが押されたお堂は、奥州藤原氏初代の清衡(きよひら)公によって建てられたもので「光堂(ひかりどう)」とも呼ばれます。
写真の撮影が禁じられてるのが残念だ。
たくさんの仏像が並んだ壇の中には、清衡公・基衡(もとひら)公・秀衡(ひでひら)公のご遺体と泰衡公の首級が、永遠の眠りについています。



写真右は「重文 経蔵」である。


元禄2年、芭蕉は「奥の細道」を行脚して詠んだ

     
 「夏草や 兵どもが 夢の跡」


写真右は「中尊寺」入口の門



本堂
は中尊寺一山の中心となる建物で、ご本尊は阿弥陀如来です。
多くの場合、法要儀式はこの本堂で行われます。明治42年(1909)の再建です。
堂内にはおよそ1200年燈り続ける「不滅の法燈」が総本山の比叡山延暦寺より分火されて、護持しています。






能舞台は、江戸時代に仙台藩主の伊達(だて)氏によって建てられました。
中尊寺では能楽(のうがく)を「お能」と言います。

中尊寺のお能は、江戸時代から約三百年にわたってお坊さん達によって受け継がれ、稽古が重ねられてきたものです。
春と秋のおまつりの時、「神事能(しんじのう)」として舞われます。


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